思いつき人生

生きるとは何か?をつらつらと主観を踏まえて書きなぐる暴力的ブログ。

表現について考えた。

【表現】について

 

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私は歌を歌うのも聴くのも好きだけれどもその中で言葉の力についてすごいなと感じることが多々ある。実際に私が心を動かされたフレーズというのを紹介したいなと思う。

 

いきものがかりの「笑顔」という曲の中のワンフレーズで

 

「分かり合うことは難しいけど、分かち合うことは僕にもできる」

 

というフレーズがある。

短い文だけれどもすごく深いなあと思う。

 

まず恋愛にしろ家族にしろ、人生で出会う人々は結局は他人であるということに変わりはない。しかし人間の素晴らしさはそこでこの人がどう思っているかとかこの人がどう感じるかだとかそういったことを想像を膨らませて自分の行動や振る舞いを変えることができる。

そうすることで相手が喜ぶだとか相手のためになるだとか、自分や相手にとって嬉しいことであったり幸せにつながる行動を起こせる、というところが人間らしいと思っている。

 

「分かり合うことは難しいけれど」

というフレーズは実際やはり他人であるからその人そのものを全てを解釈できるわけではない。しかし、

 

「分かち合うことは僕にもできる」

 

分かち合うという言葉はその時の気持ちだったり考え方だったり価値観だったり、自分とは違うものかもしれないけれど、世の中にはこういう人がいるんだ、とか君はそう考えてたんだね、とか自分にはない考え方・感じ方だけれども他の感覚を持っている人がいるんだという風に受け入れる「心の広さ」というものを改めて考えさせられる、そんなフレーズだと感じる。

 

作曲・作詞した方は違うことを考えて書いたのかもしれないけれど、僕はそのように感じた。そして 刺さった言葉なので僕なりの解釈で僕なりの人生のエッセンスとして覚えておきたいな、と思っている。

 

ここからは雑談だが、実際音楽をやる人っていうのは何通りかの考えがあると思っている。

一つは自分が目立ちたいとか承認欲求を満たしたい、そんな考えでやっているだろう。

もう一つは、自分自身の感覚だったり感情だったりをなかなか表現することが苦手というの人も含まれていると思うんだよね。

その中で歌というのは実際に自分が発言しなくても周りのみんなに伝えられる、とか考えてることを表現できる、そういった場でもあると思うので歌というのは素晴らしいなという風に思う。

 

歌じゃなかったとしても例えばアートだったり、絵だったりスポーツだったり、そういったことでも自分を【表現する場】というのはあるわけで、そこは人間らしいところなのかなと思う。みんな一律じゃないというところでコンピューターだったら計算が人間より全然速いし、だけれどもある意味標準化されているというところであって、味気ない。

人間は本当に一人一人、似た者同士というケースはあるかもしれないけれど、一人一人細かい感性が違ったり、考え方が違ったりっていうところがあるのでそこをどう表現するかっていうのは人間らしいなぁと思う。

その表現の中で伝えたいことっていうのが説明できると、「この作品をこういう意味で作ったんだよ」それを見た人が心を癒されたり、それを見た・聞いた人が心動かされたりするのでそこは人間の強みなのかな、という風に思っている。

 

だらだら書いたけれども結局伝えたいことは

 

「自分自身そのままで生きていいんだ」

 

っていうことなんだよね。

自信満々でいろっていうわけじゃないけれども、自分の感じたこと、見たもの聞いたこと、そういった自分自身の解釈っていうのは自分だけの経験だから真実である。

社会性とかそういったことを考えるとそこに解釈のすり合わせ、要するに「空気を読め」というのは必要かもしれないけれど、自分が感じたこと、その世界っていうのは真実であると思うし、そこは他者にも伝えてもいいと思う。みんなに合わせる必要はないと僕は思います。